IE9ピン留め

レンブラント光線

 6月1日,常念岳
 17時36分 
 久々,西山に現れたレンブラント光線~天使の梯子

 同 燕岳

 17時46分
 ひときわ明るく輝いて

 17時48分
 次第に閉じて行く





インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by dekunoro3 | 2010-06-01 21:07 | 安曇野

孝行したかッ!?

孝行したかッ!?
 私は次男で、上には長兄と長姉がいて私達は5人の兄弟姉妹であったが、2人とも戦中,戦後の混乱の中で幼くしてなくなり、私達は3人姉弟として育てられてきた。
 母はわが子に先立たれると言う、母親として最大の悲しみを背負い、かつまた実弟を戦争で亡くすると言う過酷な試練を受けながらしかし、そう言う悲しみを私達にはまったく見せることなく、常に私達の傍らにいて安らぎと温もりを与えてくれ、私はその安寧の中にどっぷりつかってぬくぬくと育って来た。迂闊にも私は母の悲しみに気づくことなく、そうして十数年前に父が他界するまでのおよそ半世紀の間,私達は家族の誰とも死別することなく平和に暮らしてきたわけである。
 その父が下手な横好きで日曜大工をやっていた時のこと・・。 母が傍で手伝っている。思い込みの激しい父はよく手順を間違う。傍で見ている母には岡目八目でそれがよく分かるので、『お父ちゃん,そこは違うよ。〇〇せんとダメじゃけぇ~』と口を挟む。癇癪持ちの父は『要らんことを言うな』と怒るのだが自分を曲げないので失敗する。
 『じゃけぇ 言うたじゃないネッ』と言おうものなら、それを待っていたように『ほら見ぃ,おまえが余計なことを言うけぇ 間違うたじゃろうが!』と自分の失敗を棚に上げ、目を三角にして怒りだす。
 母は父の癇癪の餌食になることで父の苛立ちを和らげているわけだが、側で一部始終を見ている私にそんな夫婦間の機微が分かろう筈もなく、理不尽な父の言い様に『何を言うちょるか、このクソ親父!』と腹を立てる。腹は立てても父は恐かったしトンカチを持っているわけだから、口を尖らせて睨み付けるのが関の山である。で、母を見ると横を向いてクスリッと笑ってから目で私を制する。
 『いつものことだから・・』と笑い流す一方で『そんな目で親を見てはいけないよ』と私を諭しているのだ。けれど、私が母のために父に腹を立てていることをしっかりと受け止めてくれている~,私にはそれが分かる。そこには、母親が精一杯の愛を示し、子どもがそれに精一杯応える,と言う母と私だけの濃密な心の通い合いがあった。

 こうして親と子が互いに相手を思い、子が親の愛を全身で受け止めて愛され、かけがえの無い時間を共有すること,そのことこそが最大の親孝行であり恩返しなのではないかと思う。
 自分自身は最後まで家に寄りつかず心配をかけ通した不肖の息子であり、最後を看取ることも出来なかった。しかし言い訳になるが後年の親に対す諸々のことがらは半分は『責務』である。純粋な意味での親への恩返しは愛される時にしっかりと愛されることであり、その時点でそれに応えることであると思う。自分はその点で存分に母の愛に応えたと思っている。
 50余年を遡れば、たくさんの親族の中でも母と共にあったのは私達3人の姉弟だけであり、三人が三様にそれぞれ、母と濃密な関係を結び、かけがえの無い時を共有して今日に至った。
 私達がそれぞれに母との想い出に浸り、対話を交わすのはこれからである。


1;母と長女
2;亡長男
3;亡長女

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by dekunoro3 | 2010-04-22 16:33 | わたし

母を送る

 笑顔で旅立った

 生涯に一度だけの務め~母を送って信州に帰る。

 20代の頃 父(軍人だった),亡長女と

 大正元年生 97で才没。

 私(右)~宇宙人!?

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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by dekunoro3 | 2010-04-21 04:14 | わたし

みかん畑

 青々として若々しいみかん

 蔓に絡まれた瀕死の木

 只今帰省中。予定外の帰省の機会を得たので、懸案だった漁師のTakaharuさん所有のミカン畑の管理の件について結論を出すため平郡島に行き、とりあえず1年間だけやって見ることにして草を刈り施肥をして来た。
 瀬戸内のみかんは今、ミバエの脅威に晒されており、栽培を諦める農家が相次いでいる。平郡島の隣の祝島では島を挙げてミカンをやめ、ビワに切り替えたと言う。このまま行けばミカンをはじめとする柑橘類はつくられなくなってしまうかもしれないて言う状況下にある。
 作業開始


 平郡島ではミバエ対策てして最低限の薬剤散布を義務づけており、畑を放棄する場合は直ちに木を切らなければならないのでその決断を迫られているのだ。 草刈りは少なくとも春と梅雨時、盛夏の3回以上、施肥は1回以上、摘果は8~10月に1回以上、薬剤散布もほぼ同じ時期に1回が必要となる。
 今回は3月にできなかった1回目の草刈りと施肥。2回目の草刈りを6月下旬~7月上旬に、3回目の草刈りと摘果、薬剤散布を8月下旬にまとめて行うと言う計画を立ててみた。 実際にやって見ると去年草刈りをやっていなかったので大変な状況になっており、また道具も揃っていなかったのでは充分なことができなかった。
 次回は長野から自分の機械を運んで存分に作業したいと思っている。
 水湛える水田

 網代が浜を見下ろす

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by dekunoro3 | 2010-04-19 02:48 | 瀬戸内情報

瀕死のみかん,救出作戦~平郡島レポ by Masaharu

 風光明媚~みかんの丘


 港から細い山道を車で30分,太陽が燦々と降りそそぐ南向きの小高い丘,眼下に網代の磯を見下ろし、緩やかな湾の先端に五十谷三島を望む。沖合いはるかに四国佐多岬半島,そして豊後水道を隔てて九州の佐賀関半島や国東半島が見えると言う風光明媚な斜面の中腹にみかん畑はある。

 コンテナいっぱいに!

 ハッサクの実を採る

 このみかん畑の手入れ~残ったハッサクの実を採り、草を刈り、薮に覆われて枯れかけたみかんの木を救い出すのが今日の僕らの仕事だ。
 採ったハッサクは好きなだけ食べていいと言われて食べた食べた! 酸っぱいけど甘くて混じりけのないすっきりした美味しさだ。

 薮の中に瀕死の木が隠れている

 巨大なカヤの山に切り込む。


 カヤに覆われて半分枯れてしまったハッサクの木を助けるために巨大なカヤの株を切り取ることにした。

 見えてきた

 作戦成功!

 カヤを断ち切るとハッサクの木が現れた。枯れているように見える右半分もよくよく見れば枯死には至っていない。枯れた枝だけを丁寧に切り取って後は木の生命力にかける。

 枯れた枝を切る


 しっかり働いた後の食事は格別・・,暖かい豚汁が腸にしみわたる。

インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン # by dekunoro3 | 2010-04-02 11:22 | 山のあしおと小学校

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